小説: わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第八章 帰郷-終

権太は故郷の風景は今頃、田植えを待ちきれず耕された豊かな土の香が風にのり、見事な桜が咲いた見慣れた景色を想像していた。ひときわ大きな屋根に、太陽を受け鈍く光る瓦。何度も夢に見た屋敷が見えるはずだ。 鳶だけは変わらず早春の雲が多い空に羽をひろ…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第八章 帰郷 3

権太は港に上がり、日本に着いたと聞くと、昔の権太に戻ったように元気に歩きだした。 港から権太の故郷の方が近く、一日遠回りになるだけで東京には帰れると佐藤は権太を送る事にした。 記憶のそれとは違い、日本はどこも焼け野原になっていた。みすぼらし…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第八章 帰郷 2

花は、佐和を起こさぬよう身を起こすと、右手の包帯を外した。ピンクにひきつった肌が中指と薬指の根本で癒着して、それをはがそうと力を入れると痛んだ。また破れて出血させ、ばい菌が入れば指を切り落とさなければならなくなる。清潔にしなければならない…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第八章 帰郷

船が大きく揺れ、権太は背中の洋二郎の頭が肩にぶつかる夢から覚めた。暗い洞窟に落ち、血しぶきを浴びる夢を見ていた。 喉が渇きまわりを見回すが、狭い船室に多くの人が重なり合うように寝ている。起きだすと甲板へとあがった。潮でぬれても、甲板は空気が…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第七章 空襲そして敗戦-4

佐和は房に留守を頼むと、集会場へと向かった。塀が崩れても直せる男手はなかった。残った女子供や老人、傷痍軍人は、いつ飛んで来るかもわからない戦闘機に用心しつつ、畑にしがみつき、何か少しでも食べれるものを作ろうとした。 不注意で不発弾に触れば畑…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第七章 空襲そして敗戦-3

佐和は、銀行家からの使いの者の背中に型とおりの会釈をすると、まるで汚れを払うように、蔵の戸を開けた。まだ焼け跡の煙くさいが、風が入ってきた。 さっぱりとした。 破談を告げにきたのだ。花が火傷を負い臥せっている噂は、すぐに伝わった。 戦争がこん…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第七章 空襲そして敗戦-2

花を焼け残った蔵に寝かしつけると、房に医者を呼びに行かせた。早くに手当をしなければならなかった。まずモンペが張り付いている燃えかすを肌からはがそうとすると、花は絶叫をあげた。 佐和はどうしたものかわからなかった。右もものやけども広範囲だった…

小説: わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編 第七、八章

過去に発表してきた小説をまとめました。第七章は、下の3番目からです。 わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編 第一、二、三章 わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編 第四、五、六章 <第七章> <第八章> ksfavorite.hatenablog.com ksfavorite.hatenablog.com …

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第七章 空襲そして敗戦

「花、花、しっかりしなさい。手を伸ばして、こっちに」 佐和は気を失った花を何とか引っ張り出そうと、必死に声を張り上げた。爆音がし、閃光の次に物が砕け散る。炎が上がる。煙が臭くて、呼吸が苦しい。手を伸ばす。後、もう少しの所に花の手があった。名…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第六章 非情なジャングル-3

冷たい水が顔にかかり権太は気が付いた。見上げると炊事班長が水筒を手に立っていた。 「他の者と離れすぎては、まずい」 起きろと促されたが、権太は首を振った。 「俺はここで洋二郎様と一緒に死にます。ほおっておいてください。洋二郎様をこんな所で一人…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第六章 非情なジャングル-2

洋二郎が前に短刀を置いた。 「できません」 権太は、がくんと膝をつくと、大声で喚いた。 「許してください。できません」 権太は洋二郎を止めようと、その肩にむしゃぶりついた。そばの上官達が権太を引きはがした。 「洋二郎様、そんな事いけません」 権…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第六章 非情なジャングル

燃え残った兵糧を詰めるだけつめ、ジャングルに逃げ込んだが、想定以上に早く食料は尽きた。生き残った兵も、昼間は見つからないように身を潜め水や食料を探し、夜ひそかに煮炊きをしようと試みた。敵軍の銃は性能が日本のそれより数段優れており、敵兵の姿…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第五章 空爆-2

権太は、娘の元に戻りかけたが、何も伝えられない事に気が付いた。 権太は娘の目をまっすぐ見つめ敬礼をした。娘が立ち上がる。教会の漆喰の壁にろうそくの光を受け、娘の体の影が泣いているように揺れていた。大きくなってきたお腹の上に手を置き、ほっそり…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第五章 空爆

連合国軍の空襲は日本軍の予想をはるかに超え、反撃する間も与えず焼夷弾をまき散らした。炎で明るくなると次は、適格に建物の上に爆弾を大量に落として行く。洋二郎が書いた地図は、その夜落とされた爆弾で燃え二度と見る事はなかった。 二時間もしない間に…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第四章 異国の教会-3

「白湯をお持ちしました」 洋二郎の部屋の前で声をかけると権太は部屋へと入った。洋二郎が紙をひろげ、何やら書き込んでいた。権太を見ると、目で前に座れとテーブルの上の紙に視線を戻した。何をしているのかと湯呑茶碗を脇に置きながら、紙を覗き込むと権…

小説: わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編 第四、五、六章

毎週発表中の小説のリンクをまとめました。ご一読ください。 わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編 第一、二、三章 わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編 第四、五、六章 <第七章> にほんブログ村 にほんブログ村 //

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第四章 異国の教会-2

やがて、洋二郎は娘と親しくなり二人で会えるために小さな家を探しだした。洋二郎はいつしか休みの度にそこに通うようになった。 権太は、世間体が悪いとか、日本の母親への報告など、洋二郎がどう考えているのか、口をはさむべきか悩みもした。しかし、娘を…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第四章 異国の教会

ある休日に、洋二郎と権太は街はずれの川沿いに建つ教会へと歩いた。 地震で壊れた後十七世紀に再建されたという石造りの教会は、白い壁に太陽の光を受け、目を細めて見なければならないほど輝いて見えた。 洋二郎は高い塔を見上げ、「この鐘楼は海からも見…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第三章 異国での巡り会い-3

「帰りましょう。ここは私たちの出入りするような場所ではありません」権太は、いつになく強引に洋二郎の腕をつかむと、今来た方へ戻ろうとした。 洋二郎は動かない。 しばらく店を見ていると、娘が店先に出てきて、給仕を始めた。住民の男達の娘を見る目つ…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第三章 異国での巡り会い-2

ある休みの日に、洋二郎に誘われて権太は町へとお供した。上官に付き従う兵の二人ではあったが、階級に縛られた窮屈な兵舎を出て、異国の町の風景を洋二郎と歩けるだけでも嬉しかった。かつてスペインの統治下にあったその南の島国は、アジアでありながら、…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第三章 異国での巡り会い

「田所権太、炊事兵、宿舎の少尉に湯をお届けするようにとの命令である」兵舎の厨房で片づけをしていた権太は炊事班長に呼ばれた。何か自分が阻喪でもしたろうかとその日を思い返しながら、暗い廊下を鉄拳をあびるだろうかと恐れ急いだ。入隊後、炊事兵とな…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第二章 召集令状 3

家に戻ると房や村人の思いもよらぬささやかだが心尽くしの壮行会で、権太は酒を飲まされた。皆のわざとらしい笑顔や、房の今にも泣き出すのをこらえた目が、この若者の定めを言葉にせぬままわかっていると伝えていた。 やがて、村人は万歳と何度も声を合わせ…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第二章 召集令状 2

祭りの前日なのに大雨が降り、今年は無理ではないかと村の衆が気をもんでいた。権太は仏間に陰干しされている白い衣装と、雨空を何度となく見に行き、明日は天気になってくれと祈った。この雨の中、花お嬢様はどこに行ったのか、房に聞こうと土間や井戸端を…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第二章 召集令状 1

「権太さん、家に戻ってください」 奥様の佐和からの使いが、畑で土おこしをしていた権太に走り寄って来た。足を洗い土間に入ると、房の顔は今にも泣きそうだった。それだけで、権太は、ああ、来たなとわかった。庭伝いに仏間で正座し背を向ける奥様の背中に…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第一章 地主の家族-4

翌日、早速、洋二郎は権太を子供の頃から稽古をつけていた丘の空き地へと連れ出した。急な坂を登らなければならないこのわずかな平地まで耕そうとする小作人もおらず、天気の良い日には良く二人で駆け上り、竹刀を振った場所であった。士官候補生とはいえ、…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第一章 地主の家族-3

「慎吾兄様は大学の研究室に残れなかったら、従軍することになると言って寄こしました」と、長男の慎吾の近況を伝えた。 二人は、洋二郎が士官学校に上がってからは、すれ違い会えずにいた。以前慎吾が突然帰って来た折に、佐和に語った慎吾の希望は言わずに…

小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第一章 地主の家族-2

数日前に戻り、母と花しかいない家で退屈していた洋二郎は、さっそく稽古に出たそうだった。佐和奥様が、久しぶりに戻ってきた権太は疲れているだろうから、早めの夕食にし就寝させなさいと止めなかったら、権太は帰宅してすぐに洋二郎の稽古につきあわされ…

小説: わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編 第一章 地主の家族

わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編 あらすじ 手が届かない人ーー親に早くに死なれ地主の家に引き取られた権太は、次男の洋二郎に可愛がられ育ち、末娘の花に秘かに恋焦がれていた。第二次世界大戦末期、戦局は厳しくなるばかりだった。権太にも召集令状が来…

小説: わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編 第一、二、三章

あらすじ 手が届かない人ーー親に早くに死なれ地主の家に引き取られた権太は、次男の洋二郎に可愛がられ育ち、末娘の花に秘かに恋焦がれていた。第二次世界大戦末期、戦局は厳しくなるばかりだった。権太にも召集令状が来た。当然の事と出兵する前夜、権太は…