読書感想: 「嵯峨野花譜」葉室 麟 著

  固い文章です。一章ごとに読みやすいので、通勤電車15-20分でも読めます。

 行間から、どれほどの情景、趣を読み取る事ができるか。余計な葉を落とされた生け花を愛でるように、読み手が行間をくみ取る本です。

 実在の人物の、歴史に刻まれてないであろう側室に産ませ寺に預けた、息子は生け花に秀でている。京都の大覚寺で修行し生け花をきわめていく。実の父親、江戸時代後期の老中、水野忠邦とは親子の縁を切ったはずなのに、いつの間にかそれと知れてしまい、父を恨む政敵から命も狙われます。しかし、父は、母子を助けてもくれません。老中として歴史に残る「天保の改革」を推し進め、政治に命を懸け、情を断ち切った男です。

 実の母は病に死期を悟り、隠れるように、最期は実の息子の近く、ふすま越しに聞こえる声を聴きたくて京まで忍んで来た母との切ない交流。作家はそれでも、情に訴える記述は避けています。名乗りもせず、花を生ける事で二人は気持ちを伝え、互いの思いを汲み取ります。衰弱していく母との短い交流、父に捨てられた少年の境遇、心情を思えば切ない。

 無駄な形容詞も記述もない文章から、丹念に掃き清められた京都の寺、庭、道、草むらに咲く花々、広沢池にたたずむ少年の姿、大空が想像できる方。読者が一度でも大覚寺を訪ねた事があれば、全く記述はなくても行間から風までもが思いだせる方なら、もっと深く楽しめる文章です。

 花が好きな人であれば、余計な葉を落とされ生けられた花々が、いかほどに彩を与えているのか、行間から目に浮かぶでしょう。

 京の豪商、貧乏公家、帝、お使いになられる言葉の違い。言及される、和歌、漢詩に詳しければ、それも楽しめます。

 政治に生きる男の覚悟、厳しさが、ビジネスに生きる厳しさと重なる方もいるかもしれません。また、父親の事を思い出して不快になる方もいるでしょう。

 読み手の、経験、感性、土地勘、教養により、この本は、読後感が異なってくるでしょう。

 

 個人的には、くちなしの香りを、それが最後まで名前が出て来ないほどの人が、生け花に秀でるという設定は無理がある。あの白い花は季節になれば必ず香り、すぐそれとわかる。この世で最もかぐわしい花の代表だと思います。花の香の記憶は強烈です。この記述で覚めてしまい、作家は新聞記者なら、喫煙者だろうかといぶかりました。

 せめて、最後にもうひとひねり、例えば何度も少年を助けてきた寺男の源助が実の父親の水野忠邦の密命を受け、少年を常に守り続けてきたとか、ああ、やっぱり、情のないように見えた父親も自分の子を捨てたわけじゃなかったじゃないか。。。。

 そんな秘密が、一行でも追記されていれば、立身出世にかける父の切ない腹のうちも思いやれ、私も許せたのにな。。。

 血のつながらない師匠の方が情があり先輩方も優しく心配りが、この哀しい少年の物語の救いになっています。

 ま、封建制、家長制度、長男が継ぐお家大事の時代の、側室、庶子は、どうせ、こんな使い捨てみたいな扱いだったのだろうと、割り切るしかないのでしょうか。

 作家は新聞記者で、現実社会、世の無常を報道し続けてきました。それゆえの文章なのでしょう。

 

 

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嵯峨野花譜 (文春文庫)

嵯峨野花譜 (文春文庫)

  • 作者:麟, 葉室
  • 発売日: 2020/04/08
  • メディア: 文庫
 

 

 

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