小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第七章 空襲そして敗戦-3

 佐和は、銀行家からの使いの者の背中に型とおりの会釈をすると、まるで汚れを払うように、蔵の戸を開けた。まだ焼け跡の煙くさいが、風が入ってきた。
 さっぱりとした。

 破談を告げにきたのだ。花が火傷を負い臥せっている噂は、すぐに伝わった。

 戦争がこんなに激しくなるのに、健康そうな男子が徴兵されないのは不思議だと、陰口をされていた息子にも遂に召集令状が来たのだ。
 「徴兵される前に、嫁を取り祝言をあげさせたい」
 先方からの急な申し出だった。
 それが今日は、同じ使いが突然訪ねてきて、
 「戦時下で時間がない中、花嫁が右手が使えなくなったのでは、お互い待てない」と破談にしてきた。
 佐和は使いの者が軽率に使った、傷物という言葉に愛想がつきた。
 そんな人間を使いに寄越すような家に、銀行家とは言え、花を嫁に出さずにむしろ良かったと独りつぶやいた。

 佐和は職業軍人の家から、親に言われるまま、食べるに困らない地主の家に嫁に入ったは良いが、夫の女好きに、家事一切は無関心で泣いた。温和な婿養子で坂上に入った舅が長生きしてくれたから何とか小作人も表立っては反抗はしなかった。情の通じない夫との生活がどんなに辛いものか、お金の有無ではないと佐和は知っていた。
 火傷で待てない程度の縁だったのだ。花は傷物ではない。身も心も汚れがない事は、佐和も房も知っていた。

 不思議に未練はないものだ。

 佐和は焼け跡からまだ使えそうなものを探して、黒く焦げ使い物にならない物をより分けながら、屋敷の跡を見回した。

 

 ある晴れた八月の朝、隣のご隠居に声をかけられた。もったいなくもラジオ放送があるから村の集会場へ集まるようにと連絡がきたと言う。
 空襲以来、夜は焼け残った蔵で寝起きをしていたが、さすがに真夏は暑く戸を開けないと眠れない。

 花もどうにか熱は引いて、太腿の火傷は血管が透けるように赤く腫れ、その赤みが退くと引き攣り膨れ上がった異様な肌へと再生しつつあった。房が焼け爛れた肉片にはうじが効くと聞いてきたが、それを花に試すのはと、二人とも花に言い出せずにいた。房が包帯を変える時、右手は特に苦痛で声を漏らすので、やはり完全には治っていないようだった。
 花が包帯を変える時以外は、苦痛を訴えないので、どれほど不自由なのか佐和には図りかねていた。花は無言で蔵で臥せっていた。


  

 
 

 

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わんぐっどていんぐ: 第二部 帰郷編

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