小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第二章 召集令状 3

  家に戻ると房や村人の思いもよらぬささやかだが心尽くしの壮行会で、権太は酒を飲まされた。皆のわざとらしい笑顔や、房の今にも泣き出すのをこらえた目が、この若者の定めを言葉にせぬままわかっていると伝えていた。
 やがて、村人は万歳と何度も声を合わせると帰って行った。

 「権太さん、まだ起きてますか」

 花の声に権太は薄い布団から飛び起きた。

 「何か、ご用でしょうか」
 正座をすると閉めたままのふすまに向かって尋ねた。わずかにふすまが空き、花の白い細い右手が布を渡してきた。

 「急な話だったから、千人集められなくて、房さんと私は、何度も縫ってしまったけれど、これを持っていってください」
 花の手の上に白い布に赤糸でいくつも縫われた千人針が載っていた。これを身に着ければ、銃弾もよけられ、無事に戻ってくる。女たちはそう信じ、戦地に向かう男の無事を願い町で行き交う人に協力をこう声がいつも響いていた。
 権太は、昨日雨の中、二人が家にいなかったのはこのためかと、花が差し出した白い布を正座したまま見つめていた。
 こんな薄い布で、銃弾から守られるとなぜ信じ込むのだろう。いつも不思議に思いながら町を行くたびに女達の声を聞いていた。しかし、自分が明日召集されるとなった今、この白い木綿に赤い十字が続くだけの布を目にし、ありがたい気持ちで胸が熱くなった。両親を亡くした自分にとって、帰る家は、子供の頃引き取ってもらった地主様の家しかなかった。権太は心の中でつぶやいた、戻りたい。自分はこの家に絶対帰ります。花お嬢様、待っていてください。
 だが、言える訳もなく、
「ありがとうございます。俺のようなものにこんな事してくださって、大事に身に着けて、汚さないようにします」とふすまに丁寧に礼をした。
 権太は、花の顔をもう一度見たくなった。ふすまを開けてしまわぬよう、膝の上できつく拳を握りしめた。手を伸ばし花の白い手から布をそっと受け取った。

 「おやすみなさい」

 花が立ち上がり廊下を去って行く気配を、権太は正座したまま聞いた。 

 白装束を着て舞う花の姿が目に浮かんだ。

 

わんぐっどていんぐ: 第二部 帰郷編

わんぐっどていんぐ: 第二部 帰郷編

 

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あらすじ

 手が届かない人ーー親に早くに死なれ地主の家に引き取られた権太は、次男の洋二郎に可愛がられ育ち、末娘の花に秘かに恋焦がれていた。第二次世界大戦末期、戦局は厳しくなるばかりだった。権太にも召集令状が来た。当然の事と出兵する前夜、権太は花が奉納する舞を見る。

 もう、二度と花様の顔を見る事ができないかも知れない、自分がこの世から消えるよりそれが怖い。

 異国で再会した洋二郎。その恋。空爆を受け洋二郎が下した命令。神父の言葉「わんぐっどてぃんぐ」。その意味がわからない権太。別れ。激しくなるばかりの空襲、そして敗戦。 

 権太は、地主の家族は、生き残れるか。権太は花に会えるだろうか。