小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第三章 異国での巡り会い-2

  ある休みの日に、洋二郎に誘われて権太は町へとお供した。上官に付き従う兵の二人ではあったが、階級に縛られた窮屈な兵舎を出て、異国の町の風景を洋二郎と歩けるだけでも嬉しかった。かつてスペインの統治下にあったその南の島国は、アジアでありながら、洋風の二階建ての建物が並び、二人にはとても珍しい風景であった。当時、日本軍が占領していたアジアの領地の中でも美しい街並が残されていた。洋二郎は、石畳をながめ、両脇に並ぶ石造りの一階の上に木造りで二階を建てる独特な建築を丁寧に見上げゆっくりと歩いている。権太は、その洋二郎の鍛えてはいたが、故郷の家で見た時より痩せた背中を見ながら、後をついて歩いた。

 

 突然、洋二郎が立ち止まった。
 洋二郎の背中で権太は前が見えず、何が起こっているのかわからなかった。体を傾けて前を覗き込む。
 若い娘が、洋二郎の方へと走ってきた。洋二郎は身をかわし、娘はつまずき石畳へと転びかけた。洋二郎が咄嗟に手を取り、助け起こす。すると、今度はその後ろを人相の良くない中年男が追いかけてきた。
 権太は、休日とは言え、街で住民同士のいざこざに洋二郎を巻き込ませたくなかった。日本軍の統治にたいする、水面下での住民の反撃も激しくなっている。だが、何もしないでいれば、この娘が傷つくだろうか、権太は追いかけてきた男の風体を見極めようとした。
 娘を立ち上がらせ、洋二郎は娘を背に男に向かった。男は、洋二郎と権太が日本兵とみると、表情をやわらげ娘を窺っていた。
「洋二郎様、行きましょう」
 権太は後ろから洋二郎に声をかけた。
「Are you all right?」
 洋二郎は娘に問いかけたが、男がすかさず答えた。
「She is my daughter. She is very stubborn. 」
 男の答えが腑に落ちないのか、洋二郎は娘に尋ねた。
「Is he your father?」
 娘はうなだれ頷いた。褐色の肌に、薄い白のブラウス、肩をおおう黒い髪からは島特有の住人が好む香がした。
 洋二郎は、視線を男に戻し、その風貌をしばし凝視していた。今、離れても娘に危害が及ばないか、そんな事を考えていそうだった。やがて一礼をすると洋二郎が歩きだした。
「何だったのですか」
 権太は背中越しに声をかけた。
「わからない。あの男は父親だというが顔は似てもいない。娘は美しかった。父親から全力で走って逃げるのもおかしい。何事にも最善を尽くしたいが、今するべきは、女一人を助ける事ではない」
 洋二郎は答えながら、やはり気になるのか、立ち止まると振り向いた。
 案の定、娘は男に腕をつかまれ、逃げてきた道を引っ張られ連れて行かれている。
 洋二郎は二、三歩前に歩きだした。

 しかし、突然、方向を変えると、その二人の後を追いかけた。権太は洋二郎の背中を追う。洋二郎がいざこざに巻き込まれるのを恐れ、声をかけた。
「腹が減りました。何か食べませんか」


 洋二郎は二人を追いかけるのを止めなかった。幾つか角を曲がると、街並みが平屋建てに代わり、住民が増えてきた。油と魚が混じった嗅ぎなれない食物のにおいがしてきた。現地の人の大声を張り上げた言葉が聞こえてくる。洋二郎が止まった。背中超しに権太は体を曲げ、前方を探った。路地の先に、小さな食堂がある。そこに男に腕をつかまれた娘が連れられ入って行く。心配したような娼館ではなかった。酒を飲ませる一杯飲み屋のようだった。

 

 

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わんぐっどていんぐ: 第二部 帰郷編

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