小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第六章 非情なジャングル-2

  洋二郎が前に短刀を置いた。
 「できません」
 権太は、がくんと膝をつくと、大声で喚いた。
 「許してください。できません」
 権太は洋二郎を止めようと、その肩にむしゃぶりついた。そばの上官達が権太を引きはがした。
 「洋二郎様、そんな事いけません」
 権太は叫んだ。洞窟に権太の叫び声が響いた。

 洋二郎が振り向いた。その目にわずかに涙が浮かび、ろうそくの光で輝いて見えた。洋二郎は、泣きすがる子供に諭すかのように、権太の目を見た。そして、落ち着いた声でゆっくりと繰り返した。
 「母様に、私が詫びていた事。そして先祖の墓に私の骨を必ず入れてくれ」

 

 前を向き正座をする洋二郎の背中が一度大きく息を吸い込み、そして短刀がぶすりと鈍く腹を裂いた。痛みで洋二郎の固く引き結んだ唇からうめき声がもれた。

 「介錯を」
 見ていた上官が、足元の権太をさげすむように隣の者を促した。隣に立つ男の手が軍刀に伸びて来るのが見えた。
 「洋二郎様に触るな」
 権太は飛び起き、軍刀を抜くと洋二郎の首から背中に大きく振り下ろした。肉の落ちた背中を切った軍刀が骨にあたる衝撃が、権太の手から鈍い音と共に脳天へと広がり、真っ赤な血しぶきが飛び散った。権太は、刀を落とし倒れていく洋二郎を背中から抱きとめた。

 洋二郎様。

 誰かが吠えたか、獣の咆哮のように洞窟にこだました。

 

 洋二郎の体を権太の腕から離そうと、誰かが腕をほどこうとする。権太は洋二郎を誰にも触らせないようにさらに抱きしめた。どこかに埋めようと兵士が話かけてきた。
 「俺が運ぶ」
 権太は見知らぬ兵士を退け、長身の洋二郎を背負った。
 権太が歩くにつれて洋二郎の頭が、権太の痩せた肩にごつんと当たった。

 子供の頃、洋二郎と遊び疲れた権太をおぶって、屋敷近くまで戻ってくれた。洋二郎の頭越しに、夕焼けで染まる空の下に、屋敷が見えた。腹がすいた権太は、房が夕餉の準備をする土間の竈から煙が揺れながら空に消えていくのを見るのが大好きだった。洋二郎の背中は大きくて、側にいればいつも安心だった。
 
 木の根に躓き、権太はよろめいた。ろくに食べていない体で、洋二郎を背負い歩くのは、気力だけでは無理があった。たまにすれ違う他の兵士が、血まみれの権太と、背負われた死体に驚き、二人を通すため飛ぶように道を開けた。

 俺は何てことをしてしまったんだ。
 嗚咽しながら、洋二郎は墓を掘った。南国の島は乾季になると土が固く埋めようにも、素手や石ころでは深く掘れない。仕方なく、浅い穴に洋二郎様を横たえた。言いつけ通り、小指を切り落とした。腹にいつも巻いていた今は茶色くなった花様がくれた千人針の布で、幾重にも包み込んだ。わずかな土と葉で洋二郎の体を隠した。小さな石を見つけ墓標の代わりにした。


 許してください。何ってことを。
 権太は洋二郎の墓に身を投げかけると、腹の底から泣き喚いた。物見で集まった兵士達は、その声で敵兵に見つけられるのを恐れ、離れて行った。


  

 
 

 

 ↓ 過去発表ブログ 第一部 戦中編 (第四章へのリンクも末尾につけました。)

 

わんぐっどていんぐ: 第二部 帰郷編

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