わんぐっどていんぐ 第一部 戦中編
あらすじ
手が届かない人ーー親に早くに死なれ地主の家に引き取られた権太は、次男の洋二郎に可愛がられ育ち、末娘の花に秘かに恋焦がれていた。第二次世界大戦末期、戦局は厳しくなるばかりだった。権太にも召集令状が来た。当然の事と出兵する前夜、権太は花が奉納する舞を見る。
もう、二度と花様の顔を見る事ができないかも知れない、自分がこの世から消えるよりそれが怖い。
異国で再会した洋二郎。その恋。空爆を受け洋二郎が下した命令。神父の言葉「わんぐっどてぃんぐ」。その意味がわからない権太。別れ。激しくなるばかりの空襲、そして敗戦。
権太は、地主の家族は、生き残れるか。権太は花に会えるだろうか。
第一章 地主の家族
晴れた春の日の空高く、鳶が円を描いて飛んでいる。国民服を着た青年が、時折足を止め両脇に広がる畑で荒れた畑を数えながら田舎道を歩いて行く。その数は去年よりも増えていた。
見慣れた大きな家の瓦屋根が見えてきた。自分の家ではない。子供の頃、両親がはやり病で相次ぎ死なれた後、引き取られた地主様の瓦屋根が、春の光に輝いて見えた。田所権太は、塀沿い足を速め角を曲がろうとした。向こうから来た娘とぶつかりそうになった。
「申し訳ありません」
権太は咄嗟に腰をまげ、白い足袋に絣をほどいたモンペをはいた女の足に謝った。
「こちらこそ、すみません」
その声に権太は顔を上げた。ふっくらとした白い頬に髪をお下げに編み女学校の制服の上着を着た、坂上花が立っていた。女中の房がその後ろで、権太をにらみつけている。お嬢様に悪さをする虫は誰かと探る目つきだ。
「花お嬢様、お久しぶりでございます。権太です」
すると花は誰だろうかと権太の顔を見上げた。初年兵訓練の間に、権太は体格が良くなり、顔は日に焼け家にいた時とは別人に見えた。
「権太さんなの、今日は休暇ですか。おかえりなさい」
花が、頭を軽く会釈をすると、穏やかな春の日差しが反射しそこだけ明るく見える。権太は訓練を終え戻った事を言えずに、脇により花達を通した。角を曲がると塀に身を寄せ振り返り、花の後ろ姿を目で追いかけた。
早い春、すでに桜が咲き始めていた。桜の花を見つけ、見上げる花の横顔は、洋二郎や権太を追って走ってきた少女のそれではもうなかった。歩き去る花の姿が薄紅色の桜に重なり、まるで白無垢を着たように見えた。いつか他の人に嫁ぐ時が来る。権太は、唇をかみしめると、さっと向きを変え屋敷へと駆けだした。
「権太、待っていたよ。大変だったな。すっかり筋肉がついているじゃないか」
裏庭の井戸で足を洗っている権太を見つけると坂上洋二郎がすぐ声をかけてきた。大学を卒業し、士官学校へ進んだ洋二郎は、髪を刈りあげ少し痩せていた。同じ訓練生でも、権太のように真っ黒に日焼けはしていない。士官候補生ともなれば、座学も多いのであろう。権太は豆ができ節くれだった自分の手と、洋二郎の手を見比べた
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