小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第八章 帰郷 3

 権太は港に上がり、日本に着いたと聞くと、昔の権太に戻ったように元気に歩きだした。
 港から権太の故郷の方が近く、一日遠回りになるだけで東京には帰れると佐藤は権太を送る事にした。
 記憶のそれとは違い、日本はどこも焼け野原になっていた。みすぼらし身なりをした人々がわずかな食べ物を求めて長い列を作っている。佐藤は悲惨な野原に幾度となく立ち止まった。まさか本土までこのように激しい空襲を受けていたとは、噂では聞いていたが、実際に目にするとその悲惨さは想像を超えていた。佐藤は焼け野原に建つみすぼらしい掘建て小屋を見るたびに、浅草の妻子は無事だろうかと不安になった。

 権太は、腹に入れた千人針で幾重にも巻いた洋二郎の形見に手をあてて、まっすぐ故郷へと向かった。佐和奥様に伝えなければならない。洋二郎様が最後に振り向いた時に、ろうそくの光を受けた横顔が、何度も何度も浮かび、権太は眠る時間さえ惜しいと道を急いだ。

 

 ジープが聞き慣れない大きな音を立てると、蔵の前に止まった。この辺り一体畑と小さな掘建て小屋ばかりで、蔵は目立ちすぎていた。
 佐和は、花が居る蔵の戸が開いているのを、横目で確認するとジープの方へと走っていった。
 中から、きれいにアイロンの効いたシャツを着た背の高い白人の男が降りてきた。佐和は震えた。色の白い大柄な男は、手真似で口に杯を運び飲む真似をして見せた。佐和は水が欲しいのかと、井戸に駆け寄り、水を汲んだ。
 割れた湯呑茶碗に入った水を飲み干すと、男は焼けた屋敷跡をゆっくり眺めまわした。
 佐和は、その時間を、とても長く感じた。体格が違いすぎて、とても自分一人では花を守り切れない。
 やがて、男はゆっくりと車に戻り出て行った。

 わずか数分の事だが、男からたばこと動物のようなにおいがした。佐和はジープがぐんと音を立てて動き出し、田舎道を走り見えなくなるまで見送った。
 女だけの家で、夜は暑くても蔵に鍵をかけて寝なければならない。花が何事かと起きてきたのか、暗い蔵にその寝巻姿が白く浮かび上がるのを見て考えた。



 
 

 

 ↓ 過去発表ブログ 第一部 戦中編 (第四章へのリンクも末尾につけました。)

 

わんぐっどていんぐ: 第二部 帰郷編

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