権太は故郷の風景は今頃、田植えを待ちきれず耕された豊かな土の香が風にのり、見事な桜が咲いた見慣れた景色を想像していた。ひときわ大きな屋根に、太陽を受け鈍く光る瓦。何度も夢に見た屋敷が見えるはずだ。
鳶だけは変わらず早春の雲が多い空に羽をひろげて、悠然と飛んで行く。
権太は、足をひきずるように田舎道を歩いた。周りは耕す人がいないのか荒れた畑が多かった。
角を曲がったとたん、権太は声を上げた。
「塀が壊れている」
見渡せば広い野原にぼろ小屋が数件、並んで建つばかりだ。権太は、うめき声を上げながら、先へと急いだ。もう、二日ほど食料にありついていない。
佐藤が靴の裏底が破れ、小石を踏むたびに、もっとゆっくり歩いてくれと頼む声が後ろからした。
この先に花様が好きな桜の木がある。権太は、足を引きずりながら急いだ。
崩れた塀の脇に真っ黒に焼けた木の残骸が立っていた。
何てことだ。
権太は黒くなった木を撫でた。手に炭の筋がついた。
花お嬢様。
他家に嫁いだと聞いた時から、考えないようにしてきた花の横顔がうかんだ。女学校の制服に三つ編み、この桜を見上げた横顔に、花のあごから首の肌の白さが春の日差しを受けて輝いて見えた。
あと少し行けば、屋敷の瓦屋根が見える。権太は駆けだしたくても、力の出ない足を引きずり急いだ。
鈍い石をはねる音がしてカーキ色のジープがスピードも落とさずに直進してくる。権太はジープに引かれるかと脇によけた。
後ろの佐藤を振り返ると、過ぎ去るジープを驚いたように見送っていた。
こんな所にまで、アメリカさんが来ている。
早くに屋敷の無事を確認しなければと、角を曲がった。
ない。屋敷がない。
権太は立ちすくんだ。焼け落ちたままの塀が見えた。さらに進むと、きらりと瓦が光った。蔵の屋根が見える。すすけた壁。だが、蔵は残った。権太は、こみあげてくる嗚咽で、肩を揺らしながら走ろうとした。
第一部 戦中編
終
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<二部あらすじ>
「権太さん、傷のある女は醜いですか」権太は花に涙を見られなくて背を向けた。
「醜いのは、その花様の心です」
「ただ私が地主の娘だから、こんな体では子を産む道具。知らない男の慰み物にはなりたくありません」
「絶対になりません」母親の佐和は、二人を遠ざけようとします。
「花が太陽にあたらなければ、しおれて枯れてしまう」女中の房は、花お嬢様の幸せを願い奔走します。
女は三界に家なし。親の決めた家に嫁ぎ、子を産み嫁としての務めを果たす。女に何をする自由や権利など与えられてはいない。
敗戦後、凶作が二年続き、生き残った人々は飢餓に苦しみ、みなし子を助ける事もできず、家をなくした女達はその日食いつなぐために夜道に立つ。GHQの支配により日本は根底から変化していきます。
戦地で兄の洋二郎様を介錯せざる得なかった小作人の子、権太と、空襲で大怪我を負った地主の娘、花は互いの手を取り生きる事ができるのでしょうか。
「花、俺の手をつかむんだ。手を伸ばせ、花」
「わんぐっどてぃんぐ」あとがき
当初、短編でと書き出したのですが、書いている内にすでに三百ページを超えてしまいました。前編だけでもと、時代で区切りました。
田所権太への愛着がわきすぎ、日中、他の事をしている時もまるで恋人のようにいつも胸に浮かび、勝手に話し動きだします。書く内に、佐和奥様は亡き祖母の無念や苦労を反映していました。調べれば戦中と戦後では、日本人の価値観が逆転し、時代が激変した時でした。
悲惨な時代に食べ物もない中、必死で命を守り生きた。だからこそ、尽きない物語があります。
第二部は、権太が空襲により荒れ果てた屋敷跡や畑の復興、そして、敗戦により激変した昭和という時代の中で、どう生きたかを書いています。前編よりも、権太の夢の話が増えるのでファンタジー創作が増えました。
昭和中頃に生まれ、歴史的検証は不案内のままです。もしもお気づきの点ございましたら、レビューにお書込みいただければ参照させていただきます。
佐竹 花菜