小説: わんぐっどてぃんぐ 第一部 戦中編 第七章 空襲そして敗戦

 「花、花、しっかりしなさい。手を伸ばして、こっちに」
 佐和は気を失った花を何とか引っ張り出そうと、必死に声を張り上げた。爆音がし、閃光の次に物が砕け散る。炎が上がる。煙が臭くて、呼吸が苦しい。手を伸ばす。後、もう少しの所に花の手があった。名前を呼ばれるとかすかに指が動いた。まだ、生きている。
 「花様、お嬢様」
 房も炎の中、逃げもせずに花の体の上に倒れてきた柱を動かそうとしていた。炎があがり、どす黒い煙を吐き緋色の炎が殺意を抱いた生き物のように燃え広がる。
 花は衝撃でしばらく意識を失ったが、母の声で気が付いた。
 「逃げて。お母様、逃げて、危ない」
 佐和は聞かず、花が従うよう威厳をこめ叫んだ。
 「花、この手をつかみなさい」
 花は少し手を持ち上げ、佐和が手を伸ばす。やっとつかめた。
 

 そこに隣の隠居様が走りこんできた。短く折れた柱を見つけると、花の体に倒れた大きな柱の間に差し込んだ。房と二人で小さな体全身で柱をわずかに持ち上げる。今だ。隙間ができると、佐和は花を崩れた柱の下から引きずり出した。
 花は悲鳴を上げた。逃げろと皆が叫ぶが、痛みで歩けない。ご隠居様に急きたてられ、花を両脇から抱え、佐和、房の三人は裏山の雑木林へと逃げ込んだ。
 「なぜ、こんな田舎まで爆弾を落としていくんだ」房が怒りで顔をゆがませ、空を見上げ叫んだ。

 

 満月が明るい夜だった。十機以上の爆撃機が見える。爆音をあげて、飛んでいく。火の手をあげる屋敷は格好の目標となり、さらに数発の焼夷弾を落とされた。
 閃光で一体が明るくなる瓦が砕け散り、炎に包まれていく。
 花は苦しそうに足を押さえていた。骨折したか。火傷はひどいか。暗がりでその状況がわからない。返事は適格に返ってくるので、意識はあると佐和は安堵した。
 林に身をひそめ、屋敷を見下ろした。佐和はあまり幸せでなかった結婚生活を耐えた家が、真っ赤に炎を上げ焼け崩れていくのを見ていた。
 その日は暑く、夕立が降った。火の手が上がっていない、林近くの屋根には雨が瓦にたまり、月の光を反射して輝いて見えた。先代が有名な焼き物だと取り寄せた瓦だった。空からも、きらきら光って見えたに違いない。
 「全部燃えてしまう」
 佐和は震えながら、痛みで朦朧としている花の肩を抱き寄せると、この子だけは取り上げないでください。私から、この子だけはと、飛んでくる爆撃機をにらみつけ、誰にともなく泣きながら懇願していた。


  

 
 

 

 ↓ 過去発表ブログ 第一部 戦中編 (第四章へのリンクも末尾につけました。)

 

わんぐっどていんぐ: 第二部 帰郷編

わんぐっどていんぐ: 第二部 帰郷編

 

 kindleunlimitedでお読みいただけます。

 ぜひ、感想やお気づきの点、お知らせください。よろしくお願いします。