読書感想:宮本輝様 「田園発 港行き自転車」上下

 名人技、宮本輝様の新聞小説 1200枚である。読み応えのある小説である。これは、連休の自分へのご褒美としての小説である。

 

 今、ラフマニノフ ピアノ協奏曲2番を聞きながら書いている。実は絶対一度、読んでいるはずの小説である。なぜなら、筋は覚えていたから。ただし、飛ばし読みをしたに違いない。これ程に、多重にちりばめられた筆の技を楽しんではいなかった。

 旅行先からヒントを得て、心情をからめてストーリを紡ぐのが上手い作家さん、愛読家にはたまらない作品になっている。今回は、Google Mapで、旧北陸街道の写真を見ながら読んだ。舟見城址から見る水をはった田園が日の光を受け輝く写真も見た。少年、祐樹が喉が渇いたというので立ち寄る駅前の湧き水の写真。赤い愛本橋は何度も幾つも調べた。私も行って星を見あげあの水音を聞きたい。少年が暮らす堤防前の家はどこら辺だろうかと、ストリートビューまで見てしまった。気分が悪くならないのであれば、堤防に打ち付ける寄り廻り波のYouTubeもあったが、これは、それなりに浪害のある強さなので、トラウマのある方は見ない方が良い。

愛本橋と黒部川 - YouTube

 とにかく、この小説を書くにあたり、宮本様は1,2週間5月末頃に富山に滞在し、ドライブもしたに違いない。降り出した雪に震え図書館にも飛び込んだだろうと思わせる筆致だ。これが想像で書いていたら、さすがとしか言いようがない。

 

 ただし、作中の旅程は若い女性や少年だから自転車で走り回れるが、読者の皆様方におかれましては、ご自分の体力と相談してから旅行日程を決めておかないと、足がつって動けなくなるのは必定だ。電車とバス、タクシーなど体力と相談しなければならない。

 

 女性の細かい心情描写は、女に生まれた事があるのかと聞きたくなるほど上手い。情が細かい人なのだ。京都の宮川通の描写は、間違いなく作家自身が月謝を払っているに違いない。食べ物の話が少ないのは、2015年執筆とあるので、食が細った後の作品だろうか。以前は、よだれが出る程に、作中、食のこだわりを描いた作品もあった。口の肥えた作家さんという印象があったが、この作品では京都の食の話が出てこない。

 あとがきで、ご本人がらせん階段が好きだと書いてある。作品も、面識もなかった人々の様々な物語が、螺旋階段のようにつながり一つの物語になっている。登場人物が多いので、上下巻で主人公以外にも時間が空いてしまうと忘れてしまう。こんな落とし方、つなぎ方があったかと思う。これは、作品を書く前に、ポストイットか、マインドマップか、何かで誰がどの役を担い、どこで話をつなげていくのか書き出す前に入念に、段取りをつけていかないと長い作品では辻褄があわなくなる。長編小説の書き方も、すでに名人である。

  個人的には、嫁姑問題から、嫁・小姑問題へ変わるつぼが、腹に落ちる。微妙な女心がここまでわかる男だから一流の流行作家になりえたのである。すごく夫婦仲の良い作家さんで奥さんの話を良く聞いているのだろうか。。。なぜわかるのか、不思議だ。

 

「祐樹が絵本作家にファンレターを書いたとき、大きな何かがゆっくりとうごきだしたんだなぁ」

 

 「大きな何かがゆっくりと動き出した」にしびれる。宮本様のこの大きな何かが動き出す度に、私たちも中国、ブダペスト、北陸、京都、門司、大阪と、戦後直後からリアルタイムまで時空の旅を多いに楽しませていただいた。『錦秋』にしても他の作品にしても、何度読んでも新しい発見がある。

 これほど土地の描写が上手い作家さんであれば、ブダペストに旅した折の作品をもう一度読み直しておきたいと、2度、3度読み返すに値する文章である。私も宝くじにあたったら、足腰しっかりしている内にウィーンやヨーロッパにもう一度行きたいと思いだした。

 

 金土日でストーリを追いかけるだけではもったいない、ラフマニノフピアノ協奏曲2,3番。ビーフストロガノフに赤ワイン。シーザーサラダ。豚肩ロースのスープ。魚の干物。鯖寿司。鱒寿司ギムレット、ドライ・マティーニ。それに、それに、Google Mapを折々に参照できる落ち着いたまとまった時間に、じっくりお楽しみください。

 あれ、やっぱり、口の肥えた作家さんである。

 

 

 

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