佐和は房に留守を頼むと、集会場へと向かった。塀が崩れても直せる男手はなかった。残った女子供や老人、傷痍軍人は、いつ飛んで来るかもわからない戦闘機に用心しつつ、畑にしがみつき、何か少しでも食べれるものを作ろうとした。
不注意で不発弾に触れば畑で突然爆発する。子供にどんなに厳しく言っても、先日も野良仕事を手伝っていた十二歳の女の子が亡くなったばかりだった。
畑がまわりに広がるのに、家を焼かれた後は、食べるものに事欠くのが常になっていた。
板の間に正座し、尊い放送を聞こうとしたが、良く聞こえなかった。
「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び」
現人神の声を始めて拝聴した。正座したまま雑音からお言葉を聞き分けようとした。
隣で村人が声をあげて泣いていた。負けた。日本が負けたのかと、幾人もが繰り返す同じ質問に、佐和は、疲れはてて眠りに落ちる子供がするように何度もうなずいていた。
夏の乾いた道を戻る途中、佐和は花と房にあまり嬉しそうに伝えてはならないと自分に言い聞かせた。
戦争が終わった。
洋二郎と清が戻ってくる。軍から戦死広報も届いてない。
生きている。戻ってくる。
そこで佐和の足は止まった。
でも、慎吾さんは、もう二度と帰ってこない。
蝉がうるさく鳴いている。
そうだわ、戦闘機が飛ばないから聞こえるのだ。
晴れた八月の青い空に、白い入道雲。
佐和は、どこか人目につかずに泣ける場所がないかと崩れた塀を目で探った。
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