花は、佐和を起こさぬよう身を起こすと、右手の包帯を外した。ピンクにひきつった肌が中指と薬指の根本で癒着して、それをはがそうと力を入れると痛んだ。また破れて出血させ、ばい菌が入れば指を切り落とさなければならなくなる。清潔にしなければならない。
村のお医者様は、薬が手に入らず、黴菌、壊死させるなと言うばかりで、何をどうすれば良いのかは教えてくれない。
房は昔の人は、薬草を煮だしその汁で消毒したと、野原から草を摘んできては、花の包帯を外そうとした。花は傷跡を見せれば佐和が苦しむだろうと、二人には極力見せないようにしたかった。
花は眠っていると考えた佐和が、夜中に自分が防空壕から飛び出したせいだと自分を責めてすすり泣く声を、花は聞いてしまった。
昼間は見せない気丈な母の嘆きが、月明りが差しこんでくる暗い土蔵の壁に跳ね返り、花の胸に刺さるような痛みが走った。
花は自分が働けない分、年老いた母や房が畑や家事で立ち働くのを見るのが辛かった。右手が使えなくなると、些細な所作でさえも驚くほどに不便であることを、初めて知った。
縁談も断られた。
迷惑になるだけで、自分には何の価値もない、生きていても意味がない。
お医者様の慎吾兄様は、海に沈んだ戦艦と共にお亡くなりになったのに、自分はこんな姿で生き残ってしまった。
花は土蔵の冷たい壁に顔を向けると、慣れぬ畑仕事に疲れて深い呼吸を繰り返し眠る佐和を起こさぬよう、むせび泣いた。
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